社会人でもヲタクできる。

拗らせもの置場

今日だけは8人に思いを馳せてみたい

今日くらい、博貴が居た頃を振り返ってもいいんじゃないか。今日はそういう日じゃないかと思ってこの記事を書いている。2007年8月5日。関ジャニ∞が8人で並んだ最後の日。私はその場には居なかったがレポを読んで号泣したことを覚えている。あぁ、もうあの日から8年も経つのか。という思いとまだ8年しか経っていないのかという思いが入り交じっている。実は、私が関ジャニ∞に出逢えたのは他でもない『内博貴』のお陰なのだ。バレーボールのナビゲーターとしての彼を見た時、私は『この人好き』と子供ながらに思っていた。彼を好きなった事でNEWSを知り、関ジャニ∞を知り、渋谷すばると出逢えた。博貴には感謝してもしきれない。まだ小学生だった私に突きつけられた『内博貴脱退』の文字はどんな風に見えたのか。今となってはあまり覚えていない。漠然と『しばらく内くんが見れないんだ』くらいにしか思って居なかったんじゃないだろうか。じゃあ、どのタイミングで博貴やNEWS、関ジャニ∞への感情がはっきりしたものになったのか…。それも定かではない。私は基本的にはeighterのため、ここでは関ジャニ∞を中心に書くことを許して頂きたい。私が8人の関ジャニ∞を見たのはDREAMBOYS。これが最初で最後だ。内博貴錦戸亮がゲスト出演する日に見に行った。まさか、その時は関ジャニ∞が7人になる事も、7人になったということで沢山の人が悲しむ事も自分が長きにわたって苦しむ事になることも全く想像していなかった。いつの頃からか、8人の関ジャニ∞を求めていた。グループからメンバーが抜けるという辛さ。不自然に編集される番組。昨日まで普通に出していた名前がタブーのように扱われる現状を私はまるで理解出来なかった。ライブの照明でピンクのカラーが使われるだけで涙が出る事。博貴の意味ではない『うち』というワードに反応する会場、博貴の内輪。ほとんどのeighterが関ジャニ∞という7人のグループの中に『内博貴』という欠片を探していた頃。大倉忠義の『8→1』を心の支えにして生きていた頃。あの頃当事者である博貴だったり7人はどんな事を思って過ごしていたんだろう。そんなことを思ってた。私達の反応を、彼らはどう思っていたのか。∞祭のパンフレットで安田章大大倉忠義が切り込んだ話を聞いてくれた。今まで知りたかったけど知れなかったことを明かしてくれたことは正直嬉しかった。ありがとう倉安って本気で思った。きっと2人は分かってたんだろうなと思う。eighterがいっぱい抱え込んでる事。でも、きっと知りたくなかった人も居たのかなーと。知りたくなかったというよりは、知ってしまう事で逃げられなくなるというか。知らないが故に自分のいい方向に想像出来たのかなって。事実を突きつけられた事で苦しんだ人も少なからず居たのかなとも思う。私はどちらかというとどんな結果であれ事実を知りたいタイプの人間だ。なので、∞祭のパンフレットは私にとっては関ジャニ∞というグループの過去に踏ん切りをつけるには必要不可欠な物だった。踏ん切りをつけようと思って読んだわけではないが、博貴の事が書いてあると知った時は開くのを躊躇った。これを読んだら何かが変わるという確信があったからだ。私の考えていた個々のその時の心情の答え合わせをする。そんな物が出てくるなんて思ってもいなかった。パンフレットはボロボロ泣きながら読んだのを覚えている。特に錦戸亮のページ。きっと誰もがそうだったのではないかと思う。彼は一番博貴の傍にいた人。そして一番亮の傍にいたのも内博貴だ。

 
はっきり言って、内のことってあれ以来デリケートな感じになってたやん?取材でも内の話をすることはなかったし、聞かれることもなかった。でもこの話はいつかオレの口から絶対せなあかんと思ってたし。きっとこの話をするのもこれが最初で最後やと思うから話せて良かった。だからね、オレはeighterのみんなに言おうと思ってる。『8人目の関ジャニ∞はあなたです』って。もう堂々と言っていくから。
 
私はこの文章を読んだ時に、博貴の1件に関して踏ん切りが着いた。亮がそう言うなら、そうしようと思った。それが強がりだとしても、偽りだとしてもここで亮がそう語ったのなら、私は信じて従おうと思った。これからは笑って話せる。内博貴の事、過去にあったこと。こんなこともあったよね、『8→1』とかあったよね。こーやって振り返って記事に出来る。私は、あの時の錦戸亮に助けられた。どうしようもない暗闇から錦戸亮に救われた。そう思っている。博貴も関ジャニ∞もeighterも色々あった、いっぱい苦しんでいっぱい泣いて、もがいてもがいて今がある。もし博貴が居たらどうなっていたのか、と思う事もある。でも、あれがあったから今がある。どう頑張っても過去は変えられない、過去は消せない。なら、受けいれて前を向くしかない。どんなに時間が掛かってもいい。踏ん切りをつけるには時間と勇気がいる。どれだけ掛かってもいい。そう思っている。私はそれがあのタイミングだっただけ。もしかしたら、もっと早くから踏ん切り付いて居た人も居ただろうし、まだ踏ん切りがつかない人もいるだろう。それは決して悪い事じゃない。いいとか悪いとか、そういう類いの事じゃない。だって、内博貴が好き、関ジャニ∞が好きだからこその悩み、苦しみ、悲しみだから。自分のペースで向き合えばいい。と、そんな事を今日という日に思った。